SAVOR JAPAN全国大会が行われました!

「SAVOR JAPAN」(セイバージャパン)は、平成28年度に創設された農林水産省の認定制度で、地域の農林水産物を使った「食」を核に、景観や食の体験などの観光資源により、農山漁村を訪れる外国人観光客の増加を目的としており、昨年12月に小浜市も認定を受けました。

そして、今年度の全国大会は小浜市で開催。全国から認定地域が食文化館に集まりました。
大会冒頭では、小浜市松崎市長が食のまちづくり等の取組を紹介し、その後、同じく認定を受けた一関市・平泉町、にし阿波地域の取組事例が紹介されました。

意見交換やグループディスカッションの時間も設けられ、観光客の心に訴えるポスター写真やキャッチコピーについて、各地域が問題点・改善案を出し合っていました。

大会の最後には小浜市の郷土食であるへしこを使った手まりずしや、鯖のなれずし、鯖ずしを食べながらの交流会も行われました。

今回の認定を契機に、小浜に多くのお客様が遊びに来て下さると良いですね。

企画展示「和食 日本人の伝統的な食文化 小浜の食から見る」を開催中です!

食文化館では、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されてから、今年で5年を迎えるにあたり、企画展示「和食 日本人の伝統的な食文化 小浜の食から見る」を開催中です。

本展示は、遺産登録の根拠となっている和食の特徴を、小浜の食を通して紹介したものです。
和食の特徴として、以下の四つが挙げられます。

①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
②健康的な食生活を支える栄養バランス
③自然の美しさや季節の移ろいの表現
④年中行事との密接な関わり

たとえば、①については、日本は海・山・里という表情豊かな土地で、地域にねざした食材が作られてきました。そのため、素材の味わいを活かす様々な技術が発達しています。
食文化館のある小浜市の場合、かつて鯖が大量に獲れたため、鮮度や味を維持させる保存・加工技術が磨き抜かれました。現在でも、市内には鯖を使った多様な料理が根付いています。
本展示では、鯖や若狭ふぐなどを例に、伝承料理等の再現レプリカも展示しています。

ご覧いただいたお客様が、小浜はもちろん、ご出身地についても、上記の4項目を考え直すきっかけとなれば幸いです。
ぜひ食文化館にお越しいただき、ご覧ください。

浜焼き鯖のしょうが飯のふるまいを行いました!

食文化館では、グループマーメイド(キッチンスタジオ運営ボランティア)による「浜焼き鯖のしょうが飯」のふるまいを行いました。
浜焼き鯖は小浜の名物で、鯖を開いて串にさして焼き上げたものです。夏場、いたみやすい鯖を保存するために考え出されたものと言われています。

浜焼き鯖のしょうが飯は、酒・薄口しょうゆに浸しておいたお米に浜焼き鯖をのせて炊いたあと、頭や骨を取り除いて身をほぐし、白ゴマ・白ねぎ・しょうがを加えてご飯に混ぜ合わせます。浜焼き鯖と、しょうが・白ネギの相性が抜群の逸品です。

江戸時代の若狭国の郷土誌『稚狭考』(1767年刊)には、次のように書かれています。

「現在、鯖飯が殊更に流行している。十杯、二十杯食べる人もいる。」

当時「鯖飯」が大変流行して20杯も食べる人もいたようで、その人気の高さがうかがえます。当時の「鯖飯」の詳しいレシピはわかりませんが、ふるまわれたものと似たものかもしれませんね。

ふるまい当日は、11時の開始から多くのお客様が食文化館に足を運んでくださいました。
浜焼き鯖を買って、自宅でも作ってみたいですね。

企画展示番外編「鯛の体の不思議」を開催中です!

食文化館では、企画展示「杉田玄白没後200年記念展示―江戸の養生と食文化―」の番外編として、「鯛の体の不思議―『解体新書』魚編―」が開催中です。

鯛の体をよく観察すると、とてもおもしろい特徴があります。本展示では、鯛の体の仕組みと古くからの言い伝えについて、鯛の写真やぬいぐるみ、江戸時代の魚図鑑で紹介しています。

鯛の骨にまつわるユニークな言い伝えが、「鯛の九つ道具」です。
現在でも、鯛の形をした骨「タイのタイ」を知る人は多いかもしれません。江戸時代末期の魚類図鑑『水族写真』によると、このタイのタイ(鯛中鯛)など九つの骨を持つと福を得ると書かれています。当時から「我が国の魚の長」と呼ばれ、現在もハレの食事に登場する鯛ならではの伝承です。展示コーナーでは、九つ道具にあたる骨の一部もご覧いただくことができます。

また、かけはしサポーター(館の運営ボランティア)が制作した、鯛の体の仕組みを学べるぬいぐるみも設置しています。
ぜひ、手にとって遊んでみてください。

丁稚ようかんのふるまいを行いました!

食文化館では24日の土曜日、丁稚(でっち)ようかんのふるまいを行いました。
丁稚ようかんは若狭地域に古くから伝わる冬の名物で、口当たりのよい甘さの和菓子です。
寒天と小豆あんで作り、水は小浜市一番町船溜まり横の井戸から湧き出す「雲城水」(環境省選定・平成の水百選の一つ)を使うこともあります。

「丁稚」の名の由来は、①いつでも気軽に食べられ、丁稚(奉公人)にも買えるほど安い、②丁稚奉公に出ている人が高価な練りようかんの代わりに里帰りの土産にした、③あんを練り上げることを「でっちる」(こねる)と呼んだ、などの説があります。

当日はあいにくの雨でしたが、たくさんのお客様がふるまいに足を運んでくださいました。
丁稚ようかんで若狭の冬を実感した一日になりました。

勢関が来られました!

2月17日は、若狭町とゆかりの深い勢関にご来館いただきました。
お箸のコーナーで、興味深く足を止めてご覧いただきました。
若狭塗の職人さんと笑顔で記念撮影させていただきました。
写真や映像で見るよりも大きくて、爽やかで優しい勢関に、急に館内がパッと華やかになり、すっかり魅了されたひと時でした。
ぜひ、またご来館ください。

小豆粥のふるまいを行いました!

食文化館では、1月14日、小豆粥のふるまいを行いました。
小豆粥は1月15日の小正月に、年中の悪い気を払うために食べるお粥です。古くは平安時代の『土佐日記』(承平5年〈935〉1月15日条)などにみえます。望の日(もちのひ。陰暦15日の満月)にちなみ「かゆ柱」と呼ばれる餅を入れる地域もあり、食文化館のふるまいでもお餅を入れたものをふるまいました。

江戸時代、東西の風俗を比べた『守貞謾稿』(喜田川守貞著)には、「京都と大阪では、あずきがゆには塩を加えて炊く。江戸は塩を加えず、専ら白砂糖を加えて炊く。江戸では粥を食べ慣れないために甘みをつける」とあります。

当時行われた風俗調査にも小豆粥の項目があり、小浜は「変わったことはないが、この粥を少し残しておいて、十八日に桜がゆ或いは十八粥といって祝う」と報告しています(『若狭国小浜領風俗問状答』)。これに似た風習が現在の若狭地域にも残っており、神仏に供えたあと、小豆の汁が出たお粥を「あかのかゆ」といって、十八日まで少し残しておいて食べる家もあるようです。

寒い日が続き、当日は雪も積もった小浜でしたが、多くのお客様がふるまいに足を運んでくださいました。
小豆粥を食べて、この一年を健康で過ごしたいですね。

七草粥のふるまいを行いました!

1月7日、食文化館では七草粥のふるまいを行いました。
春の七草は、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロという7種類の野草です。行事としては七日正月に七草などを入れたお粥を食べる民俗行事のことで、食べると邪気を払い無病息災、長寿を得るといわれます。

江戸時代は実際に入れるのは1、2種類だったようで、1月6日には材料の「なづな」を売り歩く人々もいました。現在でも七草はナズナを指す地域もあるようです。食文化館のふるまいでは、お粥のなかにお餅も一つ入れました。

当日は3連休中日ということもあってか、開始から長蛇の列となり、ふるまいは20分ほどで終了となりました。
2018年も無病息災、健康で1年を過ごせるといいですね。

四季と行事食「冬至と運のあがる食」

12月22日は、二十四節気のひとつ、「冬至」です。
一年で最も夜が長く、昼が短い日とされていて、この日を境に、少しずつ昼の時間が長くなると言われます。

冬至に食べるものといえば、かぼちゃ「なんきん」ですね。
冬至には、なんきん、こんにゃく、にんじんなど、「ん」のつく食材を食べると、運が巡ってくると言われています。

小浜市松永地区には、冬至に、小豆とこんにゃく、里芋を、砂糖と醤油などで甘く煮た「いとこ煮」を食べる風習があります。

小豆や里芋が体を温めるだけでなく、こんにゃくで運もつく「いとこ煮」。
しっかり食べて、体に沢山の運を取り込みたいですね。

※以上の内容は、12月11日にチャンネルOの番組「四季と行事食」(食文化館監修)として放送されたものです。

高鳥重郷氏の蕎麦打ち教室が開かれました!

食文化館では、小浜市の食の達人・高鳥重郷氏による蕎麦打ち教室が開かれました。定員いっぱいの賑やかな雰囲気のなか、参加者の皆さんは、ご家族やご友人と力を合わせて取り組んでいました。

途中「難しい」という声もありましたが、高鳥氏や食文化館ボランティアのグループマーメイドによる補助もあり、どのグループも大変きれいに完成させていました。

完成したお蕎麦は、大根おろしとネギをのせて試食したり、持ち帰ったりされました。
これで自宅でも蕎麦打ちができそうですね。