若狭の古墳は水田の中にあるものが多く、現在確認されている前方後円墳は若狭町内で9基あり、上中地域に集中しています。またその中で5基が国指定史跡となっており、いずれも内外の構造が異なっていて遺存する副葬品等から5世紀初め(古墳時代中期から後期前半)に造営されたものといわれ、古墳時代の若狭における文化の中心地として古墳文化の性格を物語る貴重なものです。
「上ノ塚古墳」は西塚古墳の東方50mの所「字、霜ノ下」にあり、若狭地方最大の標識的な前方後円墳で原型をよくとどめ、前方部を北に後円部を南にし、封土は三段築成の原形がうかがわれ、推定墳丘長約100m、後円部経約64m、前方部推定長約36m、同幅約60mあります。高さは水田面より約6m、前方部は後円部より約1m低く、周囲はかつての周濠の存在の跡が明確になっています。
現在、民有地として畑作に利用されています。国指定史跡。